男らしさをめぐるスピーチで、用意された原稿と違う発言をした大統領の狙いとは
ジョージア州アトランタにあるモアハウス大学は、南北戦争の終結直後に黒人のリーダーを輩出する目的で創立された名門男子校。バラク・オバマ大統領が5月19日にこの大学の卒業式でスピーチすると、全米メディアはオバマの言葉を次のように報じた。
「男がどうあるべきかについて、手本であり続けて下さい。妻にとって最高の夫に、パートナーにとって最高のボーイフレンドに、あるいは子供たちにとって最高の父親になって下さい」
だが実は、これはメディア向けに事前に配布されたスピーチ原稿の文章。実際にオバマが語った言葉は、原稿とは微妙に違う。
「あなたの妻、あるいはボーイフレンド、またはパートナーにとって最高の夫になって下さい」
表現上の些細な違い? そんなことはない。2つの文の意味は大違いで、スピーチ全体のもつ重要性もまったく異なる。
「パートナーにとって最高のボーイフレンドに」という配布原稿の文章は、男女の恋人同士の関係を示唆している。一方、オバマが語った「ボーイフレンドにとって最高の夫に」という言葉は、男性同性愛者同士の結婚を明確に示唆している。1年前まで同性婚を認めていなかったオバマだが、このアドリブ発言によって男性の同性愛を「男らしい」と公式に認めたわけだ。
この発言をした場所も絶妙だった。モアハウス大学があるジョージア州は保守的な地域で、最新の世論調査では「同性婚を認めるべきでない」と答えた人が65%と、「認めるべき」の27%を大きく上回っていた。
しかも、アフリカ系アメリカ人は伝統的に同性婚に否定的なことで知られる。オバマは卒業生の大半を占めるアフリカ系アメリカ人学生たちの目の前で「ボーイフレンドにとって最高の夫に」という表現を口にするというリスクを冒したのだ。
ニューヨーク・タイムズの不可解な対応
これほど重大な話を大手メディアがどこも報じないのはなぜか。人間の耳は自分の予想を超える情報を受け付けないのかもれない。
とりわけ奇妙なのは、ニューヨーク・タイムズの対応だ。同紙のサイトはスピーチ当日、配布原稿をそのまま引用した記事を掲載した。ところが翌20日、問題の発言に関する記述はすべて削除。ただし情報の訂正やアップデートは加えられておらず、記事の掲載日時も当初と同じスピーチのわずか1時間後のままだ。
では、オバマはなぜ原稿と違う表現に踏み込んだのか。私の見解では、意図的ではなく、単なる言い間違えだと思う。テレプロンプター(セリフを表示する装置)で「ボーイフレンド」という文字を見たオバマが、とっさに言い間違えたのだろう。
だが、そんな小さな間違いが、大きな意味の違いを生んだ。メディアが注意を払わなかったせいで、まったく話題にはならなかったが、それはジャーナリストの怠慢だ。
ホワイトハウスは同性婚への言及を避けるスピーチ原稿を作成し、大統領は期せずしてその話題に言及した。言い間違いだったとしても、この手のミスはまったくの偶然の産物ではない。ある意味では、入念に用意された言葉よりずっとオバマの本音を浮き彫りにしている。
大統領はなぜ、用意された原稿以上の内容に踏み込んだのか。ホワイトハウスはなぜ、大統領の本音を原稿に十分に盛り込まなかったのか。今回の一件を機に、そうした問題を議論すべきだ。
掲載元:
Newsweek
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